「兄者殿。先程から何をしておられるのでござるか」
壁に耳を当て沈黙していたアカンサスに、紅茶を嗜んでいたテオドールが問い掛ける。するとアカンサスは鋭い眼光でテオドールを睨みつけた。盲目の彼を睨んだ所で威嚇は無意味に等しいが、気持ちの問題なのだろうか。
「うるさい静かにしろ!!ミラたんの生活音が聴こえないだろうが!!」
「うるさいのは兄者殿でござる」
正論で殴られたアカンサスが再び沈黙する。しかしすぐに気を取り直したのか、嬉しそうに呟く。
「紙を捲る音。可憐な笑い声。ミラたん読書中なんだろうなフフフ」
救いようの無い変態が此処に居た。
「兄者殿」
「…なんだ。手短に言え。五文字以内な」
「きもちわる」
五文字縛りが無ければきっとテオドールは、流石にそれは気持ち悪いでござるよ。と言っただろう。しかし律儀に制限を守った結果、彼の感想はオブラートに包まれないシンプルな罵倒と化した。
「殺すぞ」
「今、殺すぞって言ったでござるか?」
「言ってません。こぼすぞって言いました」
「そうでござるか」
瞬時に戦闘態勢に入ったテオドールが座布団に座り直す。それを確認し、ふぅ…とアカンサスは胸を撫で下ろした。コンカフェ外での暴言は彼にとって命取りなのである。
「ところで兄者殿。拙者、紅茶のおかわりを所望するでござる」
「あ?勝手に淹れろ」
「しかし、兄者殿が淹れた方が美味故」
「知るか。我はミラたんにしか淹れたくない」
「今し方ご馳走してくれたではござらんか」
「あれはたまたま一杯分余ったから恵んでやっただけだ勘違いするな」
テオドールが口を閉ざす。
間も無くして、笑みが浮かぶ。
「やっぱり、殺すぞって聞こえたでござる」
「淹れてきますので少々お待ちください」
「かたじけないでござる!」
紛れもない完封勝利であった。
ティーポットを手にしたアカンサスが、渋い顔でキッチンから帰還する。
「(この我を鼻で使うとは…クソエクソシストめ…一泡吹かせてやる…)」
アカンサスの口の端が上がる。
やめておけば良いものを、息をする様にろくでもない事を考えてしまうのは悪魔の本能のせいだろうか。
背筋を伸ばして綺麗に正座しているテオドールの隣に座り、アカンサスはティーポットを傾けた。
ティーカップ目掛けて…ではなく、テオドールの太ももに。
「あー手が滑ったー」
わざとらしいにも程がある棒読み。
テオドールがそっとティーポットを押す。すると彼の太ももに直撃する筈だった紅茶の軌道が変わり、アカンサスを襲った。
「熱ァーーーーーーーーー!?!?!?!?」
「大丈夫でござるか?」
「大丈夫な訳あるかボケェ!!!!!」
床を転げ回る惨めな大男に目もくれず、テオドールは宙を舞ったティーポットを難なくキャッチする。それからティーカップに紅茶を注ぎ、それを口にし…満足そうに微笑んだ。
「やはり、美味でござる」
「ん?隣が騒がしいのだ。楽しそうで何よりなのだ。な、ヒイラギ!」
「んだー」
…一人を除き、今日も平和である。