Monochrome/SS-4

「さて。今日はどうする?」

宿泊していたホテルを後にした矢先、オルカはクロウとリリィに問い掛けた。

「そうだな…」

クロウは辺りを見渡し、ある方向でぴたりと動きを止める。それからリリィとオルカの手を引き、善は急げと言うように駆け出した。

「良い匂いがする!あっちに行ってみよう!」

突然の事に困惑しつつ、オルカは慌てた様にクロウをたしなめる。

「こら!急に走らない!危ないだろう!」

「早くしないと俺達の分が無くなってしまうかもしれない!」

「何!?何の話!?」


「たこ焼きだ!」


呆気に取られつつ、オルカは負けじと反論する。

「とにかく落ち着きなさい!こんなに急がなくても、朝から材料切らす店なんて無いだろう!」

それはそうだと思い直したのか、クロウはその場で急停止した。勢いが殺され、つんのめりそうになるも…何とか転ばずに済んだオルカは、小さく溜息を吐く。

「全く、食い意地張ってるんだから。誰に似たんだか…」

「オルカじゃないか?」

「私は別にそんなんじゃないでしょ」

確かにクローンではあるが、クロウとオルカは好みがそれほど似ていない。当然性格もだ。クロウはその事を理解した上で、オルカの皮肉に冗談で返したのであった。
走っていた最中も、二人のやり取りを聞いている今も…リリィはにこにこと心底楽しそうに微笑んでいる。

「リリィ。笑ってないで、何とか言ってやってよ」

「ふふ。今日もとっても可愛いわね、二人共」

「そういうんじゃなくて」

オルカの表情に呆れと照れ臭さが滲む。愛情深さから来るリリィの全肯定は、もはや恒例と化していた。

「嬉しそうだな、オルカ」

「…嬉しくない訳ないだろう」

素直ではない様で素直な敗北宣言に、クロウとリリィが瞳を輝かせる。

「わー!リリィ!オルカが嬉しいって!」

「やったわね!クロウ!」

手を取り合い無邪気に跳ねる二人を前に、オルカは両手で顔を覆うのだった。



熱々のたこ焼き入りのフードパックをそれぞれ手にした3人は、手頃なベンチに並んで腰掛けた。
真ん中に座るクロウは蓋を開けて暫くの間、鰹節が踊る様子を興味津々な様子で眺めていたが…遂に口を開く。

「二人共、見てくれ!凄くふよふよしてる!なんだか楽しそうだ!」

「熱くて苦しんでるの間違いじゃないの」

「えっ…そうなのか…!?なら、早く食べて助けてあげないと…」

「死は救いだもんね」

「リリィ〜!オルカが捻くれてる〜!」

クロウに泣き付かれたリリィは、優しく微笑む。

「そんな事を言っちゃうオルカには、生きている方が楽しいって思って貰わないとね」

「そうだそうだ!鰹節だって踊るの楽しいと思ってる筈だ!」

何処かズレた主張をするクロウに苦笑した後、オルカはふいと顔を背けた。

「…冗談さ。今はちゃんと楽しいって思ってる。少なくとも、死にたいとは思ってないよ。おかげさまでね」

「耳赤いぞオルカ」

「誰のせいだと思ってるんだい」

「誰だ!?鰹節か!?」

「お前とリリィだよ!!」

勢い良く振り向いたオルカの頬は、仄かに赤く染まっていた。辛抱堪らないといった様子で、リリィはクロウごとオルカを抱き締める。彼女の目尻に微かに涙が滲んでいる事に気付いたオルカは、眉を下げ瞳を細めた。

「たこ焼きも熱いが、俺達も負けていないくらい熱いな!いや、むしろ勝ってる!」

「なんでたこ焼きに対抗してるんだ」

「幸せだから踊ろう!!」

「いいわね!居ても立っても居られないもの!踊りましょう!」

「は!?やめ…恥ず…っ…ああ、もう…!」

鰹節の真似をするクロウとリリィを前に、オルカはまたも両手で顔を覆うのだった。



存分にはしゃいだ後。
ダシに使われて完全に放置されていたたこ焼きが、ようやく日の目を浴びた。

「それじゃあ、頂きましょうか!」

「食べよう食べよう!頂きまーす!」

言うや否や、クロウは笑顔でたこ焼きを丸々一粒口に放り込んだ。

「〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?」

「まだ熱かったのか」

悶えるクロウを見て冷静な判断を下したオルカは、たこ焼きを割り箸で両断する。すると購入してから時間が経っているにも関わらず、ふわりと湯気が出てきた。
奮闘の末たこ焼きに勝利したらしいクロウが、むっと頬を膨らませる。

「ずるいぞオルカ!」

「ずるくないでーす。ちゃんと冷まして食べなかったクロウの自業自得でーす」

「リリィ〜!オルカがいじめる〜!」

クロウの頭をよしよしと撫でた後、リリィはたこ焼きをふーふーと冷ましてからクロウに差し出した。

「ほら、クロウ。こうすると安心して食べられるわ」

「ありがとうリリィ!」

クロウは目の前のたこ焼きにぱくりと食いつき…ぐっと親指を立てる。

「本当だ…美味しい…!たこ焼き、美味しいぞ…!」

「ふふ、良かったわ」

「オルカも、ちゃんとふーってしてから食べるんだぞ」

「…別にしなくていいよ。すぐ治るし」

不老不死の肉体に付随した再生能力を持つオルカにとって、舌を火傷する程度は騒ぐ程のものではないのだろう。壮絶な実験を踏まえれば尚更だ。
しかし、クロウとリリィは不満げにオルカを見つめた。

「オルカ。自分を大切にするのはとっても良い事なのよ。それにわたし、あなたが痛い思いをするのは悲しいわ。治れば良い訳ではないのよ」

「そうだぞオルカ!という事で、俺が冷ます!」

オルカのたこ焼きに、クロウは何度も息を吹きかける。それから割り箸でひょいと一つ掴み、オルカの口にずいっと近付けた。

「ほら。あーん」

「…拒否権ある?」

「ない!」

「あ、そう…」

ダメ元な問いだったのか、オルカは観念した様に髪を耳にかけ、口を開けた。

「え!?そんな小さかったら入らないぞ!?」

「どうして一口で食べる前提なんだい…やらないよそんな事。何処かの食いしん坊じゃあるまいし」

「何処の誰なんだ!?」

「目の前にいるよ」

微笑んで、オルカはたこ焼きを一口かじる。咀嚼する様子を真剣に見守っていたクロウは、嚥下を確認した途端口早に言った。

「どうだ?熱かったか?美味しかったか?」

「丁度良かった。美味しかったよ」

それを聞いたクロウは、食べかけのたこ焼きをパクリと頬張った。もごもごと口を動かす度、クロウの瞳は輝きを増していく。

「ほんとだ!ちゃんと冷ませてる!やったー!」

「私の分なのに当たり前の様に食べたなこいつ…」

「あ、そうだった!?ごめんオルカ!!」

「代わりに、わたしのを一つあげるわね。はい、オルカ〜お口開けて〜」

「…仕方ないな」

「俺も!リリィ!俺も!」

「もう、クロウったら」

「っていうかリリィ、さっきから食べさせてばかりで自分は食べてないよね」

「確かに!よし、俺があーんする!リリィー!行くぞー!」


自分の分を自分で食べない奇妙な三人の朝食は、温もりと笑顔に満ちたものだった。