「さて。今日はどうする?」
宿泊していたホテルを後にした矢先、オルカはクロウとリリィに問い掛けた。
「そうだな…」
クロウは辺りを見渡し、ある方向でぴたりと動きを止める。それからリリィとオルカの手を引き、善は急げと言うように駆け出した。
「良い匂いがする!あっちに行ってみよう!」
突然の事に困惑しつつ、オルカは慌てた様にクロウをたしなめる。
「こら!急に走らない!危ないだろう!」
「早くしないと俺達の分が無くなってしまうかもしれない!」
「何!?何の話!?」
「たこ焼きだ!」
呆気に取られつつ、オルカは負けじと反論する。
「とにかく落ち着きなさい!こんなに急がなくても、朝から材料切らす店なんて無いだろう!」
それはそうだと思い直したのか、クロウはその場で急停止した。勢いが殺され、つんのめりそうになるも…何とか転ばずに済んだオルカは、小さく溜息を吐く。
「全く、食い意地張ってるんだから。誰に似たんだか…」
「オルカじゃないか?」
「私は別にそんなんじゃないでしょ」
確かにクローンではあるが、クロウとオルカは好みがそれほど似ていない。当然性格もだ。クロウはその事を理解した上で、オルカの皮肉に冗談で返したのであった。
走っていた最中も、二人のやり取りを聞いている今も…リリィはにこにこと心底楽しそうに微笑んでいる。
「リリィ。笑ってないで、何とか言ってやってよ」
「ふふ。今日もとっても可愛いわね、二人共」
「そういうんじゃなくて」
オルカの表情に呆れと照れ臭さが滲む。愛情深さから来るリリィの全肯定は、もはや恒例と化していた。
「嬉しそうだな、オルカ」
「…嬉しくない訳ないだろう」
素直ではない様で素直な敗北宣言に、クロウとリリィが瞳を輝かせる。
「わー!リリィ!オルカが嬉しいって!」
「やったわね!クロウ!」
手を取り合い無邪気に跳ねる二人を前に、オルカは両手で顔を覆うのだった。
熱々のたこ焼き入りのフードパックをそれぞれ手にした3人は、手頃なベンチに並んで腰掛けた。
真ん中に座るクロウは蓋を開けて暫くの間、鰹節が踊る様子を興味津々な様子で眺めていたが…遂に口を開く。
「二人共、見てくれ!凄くふよふよしてる!なんだか楽しそうだ!」
「熱くて苦しんでるの間違いじゃないの」
「えっ…そうなのか…!?なら、早く食べて助けてあげないと…」
「死は救いだもんね」
「リリィ〜!オルカが捻くれてる〜!」
クロウに泣き付かれたリリィは、優しく微笑む。
「そんな事を言っちゃうオルカには、生きている方が楽しいって思って貰わないとね」
「そうだそうだ!鰹節だって踊るの楽しいと思ってる筈だ!」
何処かズレた主張をするクロウに苦笑した後、オルカはふいと顔を背けた。
「…冗談さ。今はちゃんと楽しいって思ってる。少なくとも、死にたいとは思ってないよ。おかげさまでね」
「耳赤いぞオルカ」
「誰のせいだと思ってるんだい」
「誰だ!?鰹節か!?」
「お前とリリィだよ!!」
勢い良く振り向いたオルカの頬は、仄かに赤く染まっていた。辛抱堪らないといった様子で、リリィはクロウごとオルカを抱き締める。彼女の目尻に微かに涙が滲んでいる事に気付いたオルカは、眉を下げ瞳を細めた。
「たこ焼きも熱いが、俺達も負けていないくらい熱いな!いや、むしろ勝ってる!」
「なんでたこ焼きに対抗してるんだ」
「幸せだから踊ろう!!」
「いいわね!居ても立っても居られないもの!踊りましょう!」
「は!?やめ…恥ず…っ…ああ、もう…!」
鰹節の真似をするクロウとリリィを前に、オルカはまたも両手で顔を覆うのだった。
存分にはしゃいだ後。
ダシに使われて完全に放置されていたたこ焼きが、ようやく日の目を浴びた。
「それじゃあ、頂きましょうか!」
「食べよう食べよう!頂きまーす!」
言うや否や、クロウは笑顔でたこ焼きを丸々一粒口に放り込んだ。
「〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?」
「まだ熱かったのか」
悶えるクロウを見て冷静な判断を下したオルカは、たこ焼きを割り箸で両断する。すると購入してから時間が経っているにも関わらず、ふわりと湯気が出てきた。
奮闘の末たこ焼きに勝利したらしいクロウが、むっと頬を膨らませる。
「ずるいぞオルカ!」
「ずるくないでーす。ちゃんと冷まして食べなかったクロウの自業自得でーす」
「リリィ〜!オルカがいじめる〜!」
クロウの頭をよしよしと撫でた後、リリィはたこ焼きをふーふーと冷ましてからクロウに差し出した。
「ほら、クロウ。こうすると安心して食べられるわ」
「ありがとうリリィ!」
クロウは目の前のたこ焼きにぱくりと食いつき…ぐっと親指を立てる。
「本当だ…美味しい…!たこ焼き、美味しいぞ…!」
「ふふ、良かったわ」
「オルカも、ちゃんとふーってしてから食べるんだぞ」
「…別にしなくていいよ。すぐ治るし」
不老不死の肉体に付随した再生能力を持つオルカにとって、舌を火傷する程度は騒ぐ程のものではないのだろう。壮絶な実験を踏まえれば尚更だ。
しかし、クロウとリリィは不満げにオルカを見つめた。
「オルカ。自分を大切にするのはとっても良い事なのよ。それにわたし、あなたが痛い思いをするのは悲しいわ。治れば良い訳ではないのよ」
「そうだぞオルカ!という事で、俺が冷ます!」
オルカのたこ焼きに、クロウは何度も息を吹きかける。それから割り箸でひょいと一つ掴み、オルカの口にずいっと近付けた。
「ほら。あーん」
「…拒否権ある?」
「ない!」
「あ、そう…」
ダメ元な問いだったのか、オルカは観念した様に髪を耳にかけ、口を開けた。
「え!?そんな小さかったら入らないぞ!?」
「どうして一口で食べる前提なんだい…やらないよそんな事。何処かの食いしん坊じゃあるまいし」
「何処の誰なんだ!?」
「目の前にいるよ」
微笑んで、オルカはたこ焼きを一口かじる。咀嚼する様子を真剣に見守っていたクロウは、嚥下を確認した途端口早に言った。
「どうだ?熱かったか?美味しかったか?」
「丁度良かった。美味しかったよ」
それを聞いたクロウは、食べかけのたこ焼きをパクリと頬張った。もごもごと口を動かす度、クロウの瞳は輝きを増していく。
「ほんとだ!ちゃんと冷ませてる!やったー!」
「私の分なのに当たり前の様に食べたなこいつ…」
「あ、そうだった!?ごめんオルカ!!」
「代わりに、わたしのを一つあげるわね。はい、オルカ〜お口開けて〜」
「…仕方ないな」
「俺も!リリィ!俺も!」
「もう、クロウったら」
「っていうかリリィ、さっきから食べさせてばかりで自分は食べてないよね」
「確かに!よし、俺があーんする!リリィー!行くぞー!」
自分の分を自分で食べない奇妙な三人の朝食は、温もりと笑顔に満ちたものだった。