夢を見た。
何処かで見た気がする黒髪の女の子に、伝言を頼まれる夢だった。
「天霧サーーーーーーン!!!朝ですわよーーーーー!!!ワタクシ目覚ましジリリリリリリリーーーーーー!!!」
「やかましい」
「ギャピー!?!?」
目覚まし時計を止める要領で先輩の頭をペシッと叩く。毎朝の事とはいえ慣れる日が来る気がしない。うるさいものはうるさいのである。
「…あれ?神々廻は?」
「おコンビニに向かいましたわ!」
「ああ、そう…」
基本最後に起きる爆睡常習犯デカブツだが、稀に空腹を理由にしれっと起きて出掛ける事がある。そして満腹で帰って来てまた寝る。このパターンだと昼くらいまで起きない。どんだけ揺すろうが耳元で叫ぼうがテコでも起きない。食っちゃ寝要塞赤ちゃんだよあいつは。
…自分で言っといてなんだけど、あんなデカくて可愛げゼロの赤ちゃん嫌だわ。
「ただいまー」
ほーら噂したら来ましたよ。狙ってたのかってくらい丁度良いタイミングで。
「おかえりなさいナギ!お風呂にしますか!?ご飯にしますか!?それとも…ワ・タ・ク・シ!?」
「おやすみー」
「ワタクシだったァーーー!?!?!?」
太ももの上に頭を乗せられた先輩が発狂する。神々廻が先輩の膝枕を気に入ってるのはとっくに知ってるけど、この光景を目の当たりにする度、僕は何を見せられてるんだろうという気分になる。
何となく二人から顔を背けて、運転席に視線を逸らす。その時…バックミラーの隅に貼られたプリクラに、自然と目が引き付けられた。
「…あ」
そうだ、この子だ。
先輩と一緒に楽しげに写ってる、笑顔の黒髪の女の子。
「ねえ、先輩」
「どうしました!?天霧サン!!今ワタクシナギの寝顔を眺めていて忙しいのでご用件は手短にお願いいたします!!」
「夢の中でズッ友さんに会った」
先輩は瞬く間に真剣な顔になった。口調や雰囲気が一変した。
「天霧さん。お話、詳しく聞かせてください」
お願いします、と深々と頭を下げられる。礼儀正しいのは通常運転だけど、テンションの違いでこうも印象が違うものなのか…と、妙に感心してしまった。
…とまあ、そんな事はどうでもいい。憶えている内に話してしまおう。
そう思って、口を開こうとした時。先輩の傍らに、もやの様なものが見えた。
経験と直感で察する。霊だ。幼少期に比べると格段と霊感が落ちているから、具体的な姿形までは分からない。何となく此処に居るなっていう、気配だけ分かる。
…警戒心は湧いて来ない。この霊からは、嫌な気配がしない。むしろ温かみすらある。
夢であの子が言っていた通りだとすると、この光の様なもやの正体は…。
「うちの事、忘れないでいてくれて、ありがと」
先輩が息を呑む。僕は静かに続ける。記憶を手繰り寄せる様に…彼女の言葉を紡いだ。
話し終えた後。もやは、先輩を包み込む様に広がった。それから空気に溶けて…見えなくなった。
黙祷すると、涙がじわりと滲んだのが分かった。
「本当に、ありがとう。天霧さん」
「…どういたしまして」
「あの子は、遠くに行ってしまったんですね」
頬を濡らしたまま微笑む先輩は、寂しそうに言う。この人に霊感は無い筈だけど、まるで何かを察した様に。
「……うん」
ズッ友さんは、ずっと先輩を探していたのだという。ありがとうとお別れを言いたくて。
ところが、ゆかりの品のうさぎのキーホルダーの気配を辿って何年もかけてやっと見つけたのに、先輩と意思疎通が取れなくて困っていたらしい。けど恐らく霊感の名残があるからか、僕とは波長が合ったみたいで…伝言を頼まれたという訳だ。
「ぼく、絶対に忘れません。これからも…ずっと」
目元を拭う僕を見つめながら、先輩は優しい声で続ける。
「もう二度と会えなくても、お話出来なくても…あの子がぼくにとって大切な友達なのは、永遠に変わらないから」
忘れない限り、生き続ける。
思い出を、面影を、その人が居た事実を憶えている人間がいる限り…終わりじゃない。
「…そうだね」
「どしたん。二人して」
ふと目覚めた神々廻は、僕と先輩を交互に見て首を傾げた。
「花粉症?」
「今冬だろが」
「確かにー」
へらへら笑って、神々廻はむくりと体を起こす。
「ユウくん、肉まんとあんまんどっち好き?」
「は?何急に」
つーかユウくんって呼ぶなや。
…こいつなりに気遣ってくれてるんだろうから今回はスルーしてやるけど。
「はいはいはーい!!ワタクシ、どっちも大好きですわー!!」
「チビ先輩の好みはもう知ってまーす」
「軽くあしらわれましたわー!?!?」
僕より断然辛かったであろう先輩のハイテンションな振る舞いを前に、しんみりモードはやめようと踏ん切りを付ける。
「…ピザまん」
「第三勢力出して来たかー」
「ワタクシおピザまんも大好きです!!」
先輩がバウンドするのに合わせて車内が揺れる。
「今の時間なら何まんでも置いてあるやろし、コンビニ行きますか」
「賛成ですわ!ワタクシお腹ペコペコペコリンチョです!」
「僕も」
「はい決まりー」
神々廻がドアをスライドさせると、冷たい風が頬を撫でてきた。
…そろそろ、雪が降るんだろうか。
三人並んで歩き出す。
「今回は奢ってあげる」
「マジ?ユウくん太っ腹ー」
「予め言っとくけど、一人一個だからね」
「ワタクシお肉まんとおあんまんとおピザまん全部食べたいです!!」
「はいはい。じゃあ、三種類買って三等分しますか」
「わーお得ー」
「やったー!!やったー!!」
コンビニを目指す道中、騒がしくて…けど、楽しかった。
…神様は、何味が好きだろうか。いや…何食べてもきっと、うおお美味なのじゃ〜!って言うんだろうな。簡単に想像出来てしまう。
思わず緩んだ口元が二人にバレない様に、僕はそっと袖で隠した。