「神々廻、おはよ」
「ん、天霧。はよ」
軽い挨拶を終えて僕は自分の席に座る。隣の席の神々廻は、今日も眠そうだ。机にだらんと突っ伏している。最近バイト掛け持ちしてるらしいし、疲れて寝不足なんだろうか。
神々廻の趣味って、僕が知る限りゲームだけだった気がするけど…余程欲しいゲームあるのかな。最新のゲーム機とかかな。仮にそうだとして…高校生でバイト掛け持ちしてまで、ここまでお金を稼がないといけないものだろうか。
僕の親は、これ欲しいって言ったらすぐに買ってくれる。でも神々廻は、そうじゃないのかもしれない。
僕の弁当はいつもお母さんが作ってくれてるけど、神々廻は自分で作ったという弁当を持参している。
僕のお母さんは専業主婦でもなく普通に仕事してるのに、弁当には冷食が一度も入った事はない。でも神々廻の弁当は、卵焼き以外は全部冷食だ。
…僕らは友達だけど、全然違う。
彼の事情をいくら考えても、答えは出ない。だからって答え合わせをしようとは思わない。友達といえども家庭の事情に無遠慮に首を突っ込むのは良くないと思う。いや…友達だからこそだ。相手から話してくれるなら、話は変わるけど。
「今日、あったかいな」
「そうだね。春って感じ」
「そのせいか知らんけど、朝ちょっと寝坊したんよ。春眠暁を覚えずってやつ?」
「ふふ。その割に、僕より来るの早かったよね」
「脚長いから、オレ」
「何それー僕が短足って事ー?」
他愛もない話をして、当たり障りのない距離感を保つ。それが何だか居心地良かった。気性の荒いヤンキーだらけのこの学校で、穏やかでゆるい神々廻は…僕にとって唯一の友人だった。
この関係を、手放したくなかった。
そう思っていた。
だけどある日、神々廻は…急に学校に来なくなった。
やっぱり何かあったんだ、と思った時には遅かった。周りに心配を掛けないように振る舞っていただけで、きっと彼は一人で抱えるには重たい何かを背負っていたのだろう。
…僕が一歩、踏み込めていたら。神々廻が僕の前から姿を消す事は、無かったのかもしれない。
親に守られている分際でそう思ってしまったのは…傲慢だろうか。
「あったなー。そんな頃も…」
呟いて、僕は閉じていた瞼を開く。春の穏やかな日差しが、思い出のトリガーになったのだろうか。
先輩がブランコ立ち漕ぎしてはしゃいでる姿をベンチに座ってぼーっと眺めてたら、神々廻が隣に腰掛けてきた。
「天霧。眠いから肩貸して」
「…え。先輩の膝でも枕にしとけばいいじゃん」
「天霧サン!!ナイスアシストですわ!!」
うわ、地獄耳。いつの間に忍び寄りやがったんだ。
「今日は天霧の気分なんよなー」
「は?きしょ」
「辛辣ー」
あっこいつ!!勝手に頭乗せやがって!!
「なんでなんでなんでなんでなんでですのナギー!!!ワタクシのお膝枕好きでしょうにー!!!」
「先輩。こいつもう寝てる」
「あらほんと」
早過ぎて気絶の域だよ。
「ナギの寝顔可愛いですわ…うふふふ…」
さっきまで嫉妬で狂ってたのに切り替え早いなこの先輩。
「せっかくですし、ワタクシもお昼寝しちゃいます!天霧サン!肩貸してください!」
「なんで僕の肩なんだよ。神々廻でいいだろ」
「ナギの肩だとワタクシには高過ぎますしぃ…そ、それに恥ずかちいですしぃ…」
何照れてんの。はあ…仕方ないな、ほんと。
「…はいはい、分かったよ。涎垂らしたら罰金ね」
「やったー!!ありがとうございます!!」
はあ、肩重い。憑かれた気分。でも…なんか悪くない。
物理的な近さは、心の距離の表れだろうか。
互いに腹を割って、色んな事情を知って、痛みを共有して…僕は神々廻にとって、良い友人になれたのだろうか。
寝息に挟まれながら、僕は再び瞼を閉じる。
成程、今日はお昼寝日和だな。
…そんな事を思いながら、眠りに落ちた。