早朝。合鍵片手にミラは隣人を訪ねていた。何やら焦げ臭い香りが漂っていたからだ。まさかと心配になり、急いで駆けつけたものの…。
「トースト失敗しちゃった」
黒焦げの食パンを乗せた皿を手にした兄を前に、ミラは盛大な溜息を吐く。それから安堵と呆れが混ざった調子で口を開いた。
「悪魔騒がせな兄者なのだよ…」
「ごめんねミラたん」
「火事かと思って寿命縮んだのだ!」
「ミラたんの寿命縮ませるとか許せないんだけど炭にしてやるトーストテメェこの野郎」
「もうとっくに漆黒になれ果ててるのだ兄者のせいで」
棚上げと責任転嫁の華麗なるダブルコンボを前に怒る気力が失せたのか、ミラの目は遠くを見ている。すると、リビングから顔を出したテオドールが彼女の視界に入った。
「いやはや拙者に任せてくれたら良かったのに、兄者殿が自分でやると言い張ったのでござる」
「当たり前だろ。お前の焼いたトーストなんぞ口にしたら胃が腐るわ」
「このトースターは火力が高い故、それを考慮して時間を設定する必要があるのでござる」
「何でそれを黙ってやがった先に言えよ無能ボケナスビ」
「今、無能ボケナスビって言ったでござるか?」
「言ってません」
「言ったでござる」
恒例のキャッチボールが始まり、ミラはやれやれと肩を竦める。
「とにかく、こんな焦げ臭くちゃ困るのだ。早くトースト何とかするのだよ」
「うんうん、ミラたんの言う通りだね。ほらさっさと片付けろ」
ミラに向けた笑顔を瞬時に霧散させ、アカンサスはトーストという名の炭を乗せた皿をテオドールに押し付ける。
「兄者殿がやったのだから、兄者殿が片付けるべきでござる」
「お前が持参したトースターのせいで事故ったんだからお前のせいだろ」
「兄者殿」
「あ?」
「食べ物を粗末にするのはいけない事でござる」
「うるせぇよわざとじゃねぇんだよわざわざ自分の朝飯黒焦げにする馬鹿に見えるんですか???この我が???あ、そもそも何も見えてないのかプププ〜ザマァ〜」
刹那。テオドールは炭を鷲掴み、高笑いしているアカンサスの口に捩じ込んだ。
「吐き出したら殺すでござる」
穏やかな調子で紡がれた言葉に冗談の色は見えない。地面に片膝をついたアカンサスは忌々しげに眉を寄せ、涙目ながらも鋭い眼光でテオドールを睨み上げる。
「(覚えてろクソエクソシスト…いつか絶対殺す…絶殺…)」
「兄者。頑張ったら後で口直しにおやつあげるのだ」
ミラの慈悲が差し込み、アカンサスは安らかな笑顔で発がん性物質を飲み込んだのであった。
「さて!無事にトーストの供養も終わったし、異臭騒ぎ一件落着なのだ!皆でおやつタイムなのだ!」
「おやつーおやつー」
ヒイラギも交えてちゃぶ台を囲む中、ミラは高々とスナック菓子の袋を掲げる。
「空気より軽いって謳い文句なのだ!めっちゃ楽しみなのだよ!」
「何と!それは凄いでござるな…!」
「ね!?きっと袋から出した瞬間に空中浮遊するのだ!」
「ぷかぷかー」
「逃さぬ様に、気を引き締めなければならないでござるな!」
力強く頷くミラとヒイラギとテオドールの熱意に置いていかれながら、アカンサスは内心呟く。
「(腹に溜まらないんだろうな…)」
微かに鳴った腹の虫はまるで風前の灯火の如く、ミラの声に掻き消された。
「うおおおおお開けるのだ!!オーーーープン!!!」
結局…宇宙空間よろしく浮遊する事はなく、単に軽い食感のスナック菓子だった。
しかし楽しげなミラの笑顔はアカンサスの心を満たし、彼に空腹を忘れさせたという。
アカンサスが妹への愛をエネルギーに変換し生命維持を可能とする未来は、そう遠くないのかもしれない。