鉛筆と消しゴムと、原稿用紙。小説を書く為の三点セット。俺はそれらを持って、父さんの書斎の前に来ていた。
紛れもない自分の親だけど、憧れの小説家でもある人。あの日をきっかけに打ち解けられた気はするけど…やっぱりどうしても緊張する。緊張って言っても、昔と違ってプラスなニュアンスなんだけどな。アイドルとかアーティストのライブに向かうファンの気持ちと同じって言ったら、分かりやすいかもしれない。
父さんの書斎に鍵はもう掛けられてない。それは分かってる。でもノック無しに入る事はしない。毎度扉壊す勢いで突撃する梅乃の気が知れん。
「エオリアちゅわ〜ん!!今日も可愛いねぇ〜!!ベリベリキュートだよぉ〜!!」
…心の中とはいえ、噂をすれば何とやらだ。遠くで猛獣の雄叫びが聞こえる。
夏休みもとうに終わった今、エオリアは父さんと母さんにも姿を見せてて、すっかりうちの一員になっている。それが相まってか梅乃の暴走が加速してる気がするが…まあエオリアなら何とか出来るだろうし、心配はいらない。なんせあいつは梅乃を手懐けたモンスターテイマーだからな。
そんな訳でうるさいのはエオリアにありがたく任せる事にして、俺はドアをノックする。
「父さん。入っていい?」
ん?なんかドアの向こうから鈍い音が。
と思った矢先、腰をさすりながら父さんが出て来てくれた。
「今日も、一緒に書きたいんだけど…いいかな」
「勿論」
腰に手を当てた父さんが、渋い顔で椅子に戻る。明らかに様子がおかしい。
「腰…どうしたの?大丈夫?」
「え?ああ、平気平気。破竹が来てくれたのが嬉しくて、椅子から落ちただけだよ」
「そ、そっか」
全然大丈夫じゃなくないか。
…最近気付いたけど、父さんって面白い人なんだよな。天然ボケ?みたいな。
てか、初めてでもないのに椅子から落ちるってどんだけ喜んでくれてんだよ。
駄目だ。にやける。不可抗力。
溢れる喜びはそのままに、俺は部屋に常備されてる椅子を持って来て父さんの隣に座った。それから机に原稿用紙を広げる。
少し前、自分で破いてしまった作品。今の俺の最高傑作になる予定の物語。これを完成させるのが当面の目標だ。
…よし、やるぞ。
気合いを入れてから鉛筆を手に取る。この先の展開は既に頭の中にある。迷いはない。
父さんがキーボードを叩く音を聴きながら、俺は黙々と文字に起こしていった。
「ご飯出来たわよー」
…母さんの声だ。時計を見ると、もう昼だった。いつの間に。
「進捗はどうだ?破竹先生」
パソコンをスリープモードにした父さんが微笑み掛けてくる。
「超順調です。幹月先生は?」
「同じく」
「流石」
拳をコツンとぶつけて、笑い合う。
…すげー楽しい。
こんな日が来るなんて、思ってなかったな。
父さんとリビングに向かうと、母さんがエオリアの頭を撫でながらドヤ顔を見せてきた。
「エオリアちゃんが手伝ってくれたのよ」
照れ臭そうに笑ったエオリアは、キッチンテーブルの上に並べられたオムライスの内の一つを俺に差し出す。
「こちら、はちくんさまの分ですの…!」
「おう。ありが…」
ケチャップでハート描いてある。
………。
ケチャップで、ハート、描いてある。
「はちくん顔赤〜い」
「うるせえ」
「きゃわわぁ〜」
クソガキャァ。
「…エオリア。ありがとな」
「はいっ!どういたしまして…!」
めっちゃ幸せそうな笑顔を向けられて心臓が跳ねた。自分の鼓動が速いのが分かる。胸の辺りが苦しい気がする。
こいつと居ると寿命縮まりそうで怖い。でもそれ以上に…一緒に居たい気持ちが、強い。こいつの居場所であり続けたいと思う。
風の女神らしいし、何にも囚われずに何処でも自由に行けるだろうに…留まりたいって思ってくれたんだからな。後悔させない様にしないと。
「あたし遊園地行きたぁ〜い」
食事中、さっきテレビのCMを見たという梅乃が目を輝かせながら続ける。
「ハロウィンのイベントやってるんだってぇ〜!夜になったら遊園地の中にゾンビいっぱい出るらしいよぉ!」
「地獄絵図じゃないか…?」
父さんが引き気味に冷静に突っ込むと、母さんが鼻で割と勢い良く噴き出した。多分父さん、わざとじゃなくて素で言ったんだろうな。遊園地っていう明るいイメージの場所にゾンビ湧いてたらそんな感想が出て来てもおかしくない。
「行こうよ行こうよ〜絶対楽しいからぁ〜ゾンビだよゾンビ〜ねぇ良いでしょぉ〜」
「うーん…ゾンビはさておき、遊園地は人混みがなぁ…」
腕を組んだ父さんが呻くと、母さんが苦笑した。
「そういえば修学旅行で行った時、幹月ベンチから離れようとしなかったわよね」
「うっ。覚えてたんだね…陽根さん…」
「そりゃそうよ。アトラクションそっちのけでずっと二人で話してたんだもの」
「やだぁ〜パパとママってばラブラブぅ〜」
「まぁね〜」
嬉しそうに笑って、母さんは続ける。
「ゾンビ遊園地面白そうだし、私は梅乃に賛成よ」
「わ、わたくしもっ!気になりますの!」
エオリアが便乗して挙手する。出会った頃ならゾンビ見た瞬間気絶しそうだなって思う所だけど…今は違う。こいつ度胸あるんだよな。
「やったぁ!これで賛成派3人だぁ!」
父さんは反対派として…あとは、俺と兄貴か。不自然なまでに会話に入って来ずに沈黙してた兄貴をちらっと見ると…ものすんごい複雑そうな表情をしていた。怖いの嫌だけど皆が行きたがってるなら頑張らなきゃ…って顔に書いてある気がする。ほんと自分より他人優先するよなぁ。
「兄貴、無理すんなよ」
ぼそっとフォローしてみるも、案の定首を横に振られた。
「僕も、行きたいな」
「っしゃー!賛成派が勝ったので遊園地行き決定〜!」
はいはい俺の意見は聞く前から無視ですか。こいつ俺ならなんやかんや付き合うって思ってんだろ。間違ってないのが余計腹立つわ。
「明日日曜日だし、早速行こぉ〜!」
…という訳で。俺達一家は遊園地に来ていた。
こういう場所滅多に来ないから新鮮だな…と思ってたら、梅乃が俺達の周りを駆け回り始める。
「ジェットコースター乗りたぁい!!あとコーヒーカップとメリーゴーランドと観覧車とぉ〜!!」
「はいはい。夜になるまで時間沢山あるし、一個ずつ回りましょ」
「うん!!!」
騒音娘こと梅乃は母さんとエオリアの間に入り、それぞれと手を繋いで駆け出した。犬がリード引っ張って爆走して飼い主が翻弄されてる光景に大変よく似ている。運動苦手な母さん、無事で済むだろうか。くわばらくわばら。
「最初ジェットコースターね!!いっちばん大きいやつぅ!!」
初手から重いな〜こいつのチョイス。
俺は青い顔で立ち尽くしている父さんと兄貴の手を取って、女子達の後を追った。
「いやぁ、速かったねぇ!!」
「風を感じられて、気持ちが良かったですの〜!」
「んね〜!皆であと10回くらい乗っちゃお!」
苦笑いしつつも抵抗はしない兄貴の手を引いた梅乃が、列の最後尾に意気揚々と向かう。けろっとしてるエオリアが後に続く。母さんは笑顔で背中を見送っていてその場から動く気配が無い。父さんに至っては一番叫んでたし、絶賛ベンチに座り込んで真っ白になっている。
「生命の…危機を…感じた…」
そ、そんなに…。
このままのペースだとゾンビ見る前にうちの家族の半数がゾンビになりかねない。という事で俺は打開策を出す。
「ジェットコースターばっか乗ってたら、他のやつ乗る時間なくなるぞ」
「確かにぃ!?」
「それは大変ですの!」
よしよし、戻って来た。
「じゃあ次あれ!」
梅乃が指差したのはバイキングだった。ほぼジェットコースターである。
…。
俺とエオリアはいいとして、梅乃の要望に従ってたら父さんと母さんと兄貴の残機がいくつあっても足りない。いやまあ、父さんと母さんは既に戦線離脱してるのと同義だけど…兄貴は限界超えても付き合いそうだからな。負けられん。
「梅乃」
「どしたのはちくぅん」
「俺、メリーゴーランド乗りてえ」
「いいよぉ!」
っしゃぁ…これは必要な嘘だと自分に言い聞かせた甲斐があったぜ…。
「その次コーヒーカップにしよっかぁ!」
「なんで同じ系統のアトラクション連続させたがんだよ。三半規管鍛えに来たんじゃねえんだぞ」
「さんはんきかんってなーにー?」
こ、こいつ…昔見たCMみたいな既視感ある言い方と態度と表情しやがって…絶妙に腹立つな…。
メリーゴーランドに到着すると、梅乃がにやにやしながらエオリアに言った。
「エオリアちゃん、はちくんとあの白いお馬さん乗りなよぉ」
見るからにエオリアの瞳が輝く。
「絵本で読みましたの!白馬の王子さまですね!」
「その通りぃ!はちくん王子とエオリア姫〜!」
やめろやめろ。エオリアは合うけど俺が王子はねえわ。柄じゃ無さ過ぎる。つーかエオリアの姿って全員に見える訳じゃねえんだから俺ただの痛い奴になるんだが。
とはいえ。
「はちくんさま…一緒に乗りませんか…?」
これは、ずるい。
無自覚な上目遣いに思わず視線を逸らしてしまう。こいつはもっと自分の可愛さを自覚してコントロールするべきだと思う。
「…おう。いいぜ」
「ありがとうございますっ!」
エオリアに頼まれて断れる筈がない。こいつの笑顔の為なら周りからどう思われようが構わん…という気にさせられてしまう。
…腹くくるか。
覚悟を決めた俺は白い馬に跨る。そしてエオリアに手を差し出す。
「ほら。気を付けて乗れよ」
「はいっ!」
後ろに座ったエオリアは、俺の腹に手を回してきた。驚きのあまり一瞬呼吸が止まる。
「失礼します、はちくんさま…」
手汗が滲む中で平常心を掻き集めて、何とか平静を装う。
「ああ、落ちたら危ないからな。しっかり掴まっとけ」
「ふふ…はちくんさまは、優しいですの」
エオリアとの密着具合が増す。かっこつけるんじゃなかったと思っても、もう遅い。
「大好きな、わたくしの王子さま…」
勝てる気がしねえ。
「じゃあ、父さんと母さんは此処で見守ってるからな」
「何言ってるのパパぁ」
「え?」
「パパとママもお馬さん乗るんだよぉ?」
「え?」
「ほらぁ!早く早くぅ!」
あ、二人共無理矢理乗せられてら。父さん顔真っ赤。母さんは…案外乗り気で楽しそうだな。ピースまでしてる余裕っぷりだ。
「いざ、出陣!!」
兄貴を背に馬に乗ってる梅乃が雰囲気ぶち壊しの言葉を口にした。遊園地を戦場にすんな。
人間群れると気がでかくなるとは聞くけど、恥ずかしい事やってても大人数なら多少マシになるんだな…という学びを得たメリーゴーランドを後にして、俺達はコーヒーカップを訪れた。
「わぁい!コーヒーカップ可愛い〜!」
真似してるつもりなのか、梅乃がその場でくるくる回る。
「こ、今度こそ父さんと母さんは見守るからな…」
まだ若干顔が赤い父さんが決意の籠った声で言う。しかし梅乃が、うんOKなんて言う訳がなかった。
「一緒に風になろうよぉ」
「不穏」
「ママ〜ちょっとパパ借りるねぇ」
「ごゆっくり〜」
「陽根さん待って見捨てないで」
悲しきかな。父さんは無慈悲にも暴君に連れさらわれてしまった。生還を祈る…。
一つだけ明らかに他と回転速度が違うコーヒーカップは、言うまでもなく注目の的になっていた。猛烈な勢いでハンドルを回す梅乃が叫ぶ。
「パパぁ〜!!!なんで目閉じてるのぉ〜!!!」
「視覚情報を遮断して!!!より風を感じようかと思ってな!!!」
「難しくてよく分かんなぁ〜い!!!」
「そっかー!!!」
父さん、目開けた瞬間終わりそう。頑張れ。
「あ〜っ!!ママだぁ〜!!お〜い!!」
猛スピードで回る中で片手ぶん回してアピールする梅乃を見て、柵越しの母さんは爆笑していた。景色全体が残像になってるだろうによく母さん見つけられたなあいつ。身体能力だけは尊敬するわ。身体能力だけは。
俺はエオリアと兄貴とのんびりくるくる回りながら、心底父さんに同情するのだった。
次に乗ったのは観覧車だ。中々の高さで景色が良い。
「高いねぇ〜!」
「高いですの〜!高いですの〜!」
「ねえあそこ、海見えるわよ!」
「ほんとだぁー!」
「綺麗ですの〜!」
仲良く窓に張り付いている梅乃とエオリアと母さんは見るからに楽しそうだが…俺の両隣の二人は、瞼を固く瞑って俺の腕にしがみついている。
「破竹…今何処ら辺だ…?」
「もうそろそろ頂上かな」
「ひっ…了解…地上付近になったら教えてくれ…」
「うん」
「ご、ごめんね破竹…迷惑だよね…」
「気にしなくて大丈夫。腕くらいいくらでも貸すよ」
「うう…ありがとう…」
どうやら父さんも兄貴も高所恐怖症らしい。俺もまあ、高い所は本能的にというかそれなりに怖いけどさ…死活問題並に怯えてる二人に挟まれてたら、怖いとか思ってられん気分になってる。
「「破竹が居てくれて良かった…」」
女子達。ちょっとで良いから高い所平気な感覚分けてやってくれ。
…それからも遊園地巡りは続いた。もう大分日が暮れたし、そろそろメインディッシュのゾンビが湧いてくる頃合いかもしれない。
だがしかし。
体力温存しながら動いてた俺と女神のエオリア以外の全員、電池が切れてベンチで爆睡していた。
「おい梅乃。起きろ。ゾンビ出るぞ」
「すぴぃ」
ゆすってもゆすっても首をヘドバンさせるだけで一向に起きる気配が無い。
「駄目だな、こりゃ」
「ぐっすりですの」
兄貴はゾンビ怖がってたし、このまま寝かせといた方が良いだろう。父さんは…一番梅乃に振り回されてたし、帰りの運転を考えると絶対に休ませてあげた方がいい。よし、ゾンビ楽しみにしてた母さん起こすか。
「母さん。ゾンビ」
「えっ!?何処何処!?」
「まだ来てない」
「なぁんだ〜」
けらけら笑っていた母さんが突然真顔になる。
「え、何急に。こえーんだけど」
「は、はちくんさま…」
俺の隣に居るエオリアが真っ青な顔で震えている。エオリアが指差した方を振り向くと。
ゾンビが、超至近距離に立っていた。
「うわーーーーーーー!?!?!?!?」
「きゃーーーーーーーー!!!!!!」
俺と母さんの悲鳴が重なる。メイクのクオリティ想像よりも高くてすげえ怖い。不意打ち食らって心臓破裂するかと思った。
「わ、わた…っ…わたくしがっ!守りますっ!!」
俺の彼女、イケメン過ぎる。男として負けてられねえ。
「いや、ここは俺が何とかする…皆連れて車まで逃げろ」
「でも…それでは、はちくんさまがっ!」
「大丈夫だ。信じろって。こんな所でくたばらねえよ…俺には、叶えたい夢があるんだからな」
「破竹それ死亡フラグよ」
うるさいわ。
「わぁー!!やったぁー!!ゾンビだぁー!!」
あ。トラブルメーカーが起きた。
「ときわん!!!パパ!!!起きてぇー!!!ゾンビだよぉ!!!」
起こそうとすな。
「この世の終わりだぁ…」
目覚めたばかりで余計混乱してるらしい父さんが頭を抱える。兄貴は…起きた瞬間気絶した。大惨事だよもう。
やかましい家族だなと思ったのか、ゾンビは肩を震わせながら去っていった。
「待ってー!!!ゾンビー!!!行かないでぇー!!!」
普通に生きてたらまず聞かないし言わない台詞を口にしながら梅乃がゾンビを追いかける。いや、お前が追いかけてどうすんだよ。俺達は本来追われる側の立場なんだよ。ゾンビ困ってるからやめてやれ。
遠い目をしていると、隣のエオリアが微笑み掛けてきた。
「楽しいですね、はちくんさま!」
俺は小さく鼻息を吐く。
「そうだな」
色んな家族の一面…主に父さんだけど…見れて、確かに楽しかった。充実した一日だったと思う。帰るまでがうんたらこんたらだけどな。
さてと。うちの暴走列車を何とかするか。