Humanoid/SS-1

瞼を開いて真っ先に目に映ったのは、知らない天井でした。むくりと上半身を起こすと、自分がぬくぬくふわふわの布団で寝ていた事が分かりました。

「…どういう事でしょう」

自分の手には、鞘に収まった海雪さんが居ました。


そう、海雪さんです。あの海雪さん。自称世界一の名刀の、自分の相棒。
そして自分は…マリンスノー。海雪さんがくれた大切な名前。プランクトンの死骸という意味の、海雪さんとお揃いの名前。


…良かった。忘れていませんでした。ちゃんと記憶の中に存在してくれています。海雪さんとの思い出以外は、綺麗さっぱり憶えていませんが。

「海雪さん。おはようございます」

呼びかけてみますが、返事はありません。
それもその筈。鞘から抜いた海雪さんは、予想通り…折れたままでした。

かつて自分は女神に操られ、海雪さんをこの手で殺してしまったのです。
忘れる筈もない残酷な事実。忘れた方が幸せになれる真実。

しかし、起きてしまった事は変わりません。受け止めて進むしかありません。泣き喚いて現実が変わるのであればいくらでもそうします。ですが世の中、そんなに優しくは出来ていません。


自分は鞘に戻した海雪さんを手に、布団から出ます。

一つ、不可解な事がありました。
自分は海雪さんの『人間になりたい』という願いを叶える為、動力源となっていた宝石を用いました。そしてそれは砕け散った筈です。だから自分はずっと眠っていた訳で。

なのに今、こうして動けている。

アンドロイドは夢を見ません。故にこれは、紛れもない現実。

窓の外は雪景色。此処は民家。自分は布団に寝かされていた。
ここから導き出される答えは…ズバリ。雪の中で行き倒れていた自分と海雪さんを、親切な人が保護してくれた…といった所でしょう。
とりあえず、その人にお礼を言わなくては。その後で、きっと人間になったであろう転生した海雪さん…略して転雪さんを探しましょう。

…え、絶対命令?

そんなものはカチ無視です。知りません。破棄します。しました。女神の顔も名前も忘れましたが、関わってはいけないという事だけは自分の中に刻まれているのです。生理的嫌悪感というものです。本能的に無理。ノーサンキュー。



自分はスパーンと襖を開けます。
すると人を発見しました。不自然に髪が真っ黒なお爺さんです。もしかしたらズラなのかもしれません。それはさておき、これはラッキー。聞き込み開始です。

「どうも。自分はマリンスノーと言います。人を探しているのですが」

「か…」

「か?」


「海雪ーーーっ!!早くこっち来い!!」


わお。急に叫ばれました。びっくりびっくり。

偶然にも海雪さんと同じ名前らしい人が、階段を降りてきました。
白い髪で、青い瞳の…見知らぬ筈なのに、何処か懐かしさを感じる男の人。

「どうしたんだよ親父〜急に大声出してさぁ。またぎっくり腰かー?」

「違ぇわ!!ほら!!嬢ちゃんが起きたんだよ!!」

「どぅええええええええええ!?!?!?ほ、ほんとだーーーーーーーーー!!!!」

おや。どたばたと駆け寄られて、手を握られました。初手握手とは熱烈な歓迎ですね。早速自己紹介といきましょう。

「どうも。マリンスノーです。マリンと呼んでください」

「マリンスノー…マリン……マリン!そっか…そっかぁ…!やっと、名前が分かった…!」

「何処かで会いましたっけ。申し訳ないのですが…自分物忘れが激しいので、貴方の事は存じ上げません」

柔らかい手の温もりを感じつつ謝罪すると、海雪さんと同じ名前の男性は、目元に涙を浮かばせて言いました。

「俺は、君を憶えてる。ずっと…会いたかった」

なんでしょう。この人の声、聞き覚えがあります。そう…自分、何度も何度も聴いていました。頭の中に勝手に響いてきましたから。


…この声は。


「もしや、海雪さん…なのですか。貴方は」


刀の海雪さんと目の前の転雪さん(仮)を交互にちらちら見ます。

「砂漠ででろんでろんに溶けそうになってた海雪さん?」

「うん!一緒に虹見たよな!」

「深海で人魚に攫われて泣きべそかいてた海雪さん?」

「うん!でっかい魚に食べられたよな!」

「摩天楼で必死に流れ塵にお願いしてた海雪さん?」

「さっきから俺様のエピソードチョイスに悪意混じってない!?!?」

「そんな事ないですよ。多分」

「確信犯じゃねえかーーーー!!!!」

ナイスツッコミ。

「……っていうか、あれ?なんで俺様って言ったんだろ…なんか…咄嗟に…」

俺様が一人称。キレッキレのツッコミ。思い出も共通ときましたか。

口元がゆるむのが分かりました。不可抗力でした。
だって、とても…嬉しかったのです。

自分の願いは、叶っていた。
最期の祈りは、届いていた。

嬉しくない訳がありません。


「…人間になれたんですね。海雪さん」



The・感動の再会を果たした自分と海雪さんは、炬燵でぬくぬくしながら雑談中です。

刀の海雪さんは今手元に居ません。なんと、絶賛打ち直して貰っているのです。
過去の自分に刀の海雪さんをくれたのは、話を聞く限りさっきのお爺さんなのだとか。いやはや、なんたる偶然。渡りに船。

折れるまで使ってくれて、こいつも本望だったろう…とお爺さんは喜んでくれていました。貴方に貰った刀、自分がへし折りました。なんて告げたら怒られそうなので、ちゃんと黙っておきました。空気が読めるので。


海雪さんに剥いてもらったみかんを海雪さんに食べさせて貰いつつ、自分は口を開きます。

「もぐもぐ…ふむ、成程。海雪さんは、映像でしか覚えていないのですね」

「うん。でもなんか、マリンってこんな感じだったよなーって気分」

どや。そしてみかんが美味しい。

「てか俺…刀だった時、俺様って言ってたんだ」

「はい。小物っぽくて似合ってましたよ」

「サイズ的には大物だもん」

「いやいや」

「いやいやいや」

「俺様の方が馴染みがあります。自分は」

「あっ…そうなの?ふーん…じゃ、じゃあ…ちょっと恥ずかしいけど俺様でいっちゃおっかな〜なんて…」

「転生しても小物」

「やかましいわい!!!」


あれやこれやと旅の思い出を語り合う最中…遂に、話題が自分達の旅が終わりを迎えたこの世界に辿り着きました。

海雪さんはみかんを剥く手を止め、ぽつりと言います。

「なあ、マリン」

「どうしました?海雪さん」


「…泣かせて、ごめんな」


「え」

「俺様の事、殺した時…マリン泣いてたから」

「泣いてません」

「泣いてたよ…」

「アンドロイドにそんな機能はありません」

「泣いてたんだよなぁ…」

海雪さんの顔がどんどんしなしなになっていきます。罪悪感のせいでしょうか。殺された側なのに申し訳なく思う辺り、やはり海雪さんは…どうしようもなく、優しいですね。やれやれ。

「そりゃ泣きますよ。操られてやりたくもない事やらされたんですから」

「急に認めたーーーーー!?!?」

「海雪さん」

「なぁにマリンさん」

「自分、海雪さんにずっとしたかったお返事がありまして」

「ねえそれ絶対無理矢理話題変えようとしてるよね!?分かるよ俺様には!でも気になる!なになに?返事って」

「まあ返事と言っても海雪さんは音声欠落した記憶しかない訳なので自分に言った事を当然憶えてないですし実質返事にはならないんですが」

「もしかして怒ってらっしゃる?」

「別に怒ってませんよ。拗ねてはいますが」

「拗ねてるんだ…」

「激おこです」

「やっぱ怒ってんじゃんよー!!!」

…さて。冗談はここまでにしておきますか。

「海雪さん」

「はい!!」


「自分も、大好きですよ」


「…へ」

「ふう、満足満足」

「ちょ待って急過ぎて頭が追い付いてない」

「みかん美味しいです」

「話題さっさと変えないでー!?置いてかないでー!?」

おや。襖がタイミング良く開きました。

「嬢ちゃん、待たせたな。打ち終わったぜ」

おおー。刀の海雪さん、ピッカピカのペッカペカ。
鞘に仕舞って、自分はぺこりと頭を下げます。

「ありがとうございます」

「いいって事よ!」

それからお爺さんは、さみぃさみぃと言いながら炬燵に入り、海雪さんをちらりと見てから言いました。

「…こいつぁな。どうしても会いたい人がいるってんで、俺旅に出る!とか突然言い出してよ」

「ちょぉおおおおおおおい!?!?なんで急に暴露すんの親父ぃい!?!?」

「そんで連れ帰って来たのが、昔刀譲ったお嬢さんだってんだから…俺ぁびっくりしたもんだ」

「べっぴんさんですからね」

「自分で言うんかーい!?つーか親父そういう意味でびっくりした訳じゃないからねマリンさん」

「マジですか」

「マジです」

「おやまあ」

お爺さんもとい親父さんは、自分と海雪さんのやり取りを笑って見ていました。

本当に、嬉しそうに。



それからは親父さんを交えて3人で茶をしばきました。淹れたて熱々の緑茶を一気飲みしたら、親父さんがビビってました。

「ほんと、おもしれぇ嬢ちゃんだなぁ!腹が痛ぇや!」

「確かに、自分に尻尾があったらきっと白いですね。髪白いので。親父さん、ザッツライト」

「マリンさん。それ、面白いじゃなくて尾も白いになってるよ」

「わざとです」

「知ってた」

親父さんがまた笑います。見物料は…刀の海雪さんを綺麗にしてくれたので、請求しないでおきますか。


…そういえば。重要な事をスルーしていました。

「ところで自分、どうして目覚めたのでしょう」

「それなら、俺様心当たりあるぜ」

「ほう」

首を傾げると、海雪さんは自信満々な顔で言いました。


「昨日、流れ星にお願いしたんだ!この子の目が覚めますようにって!」


ええー。まさかの流れ塵頼りとは。本当に海雪さんは変わってませんね。なんにも変わってません。ロマンチストというか、何というか。ふふ。

親父さんが付け加えます。

「常に曇天のここらじゃ珍しく、綺麗に晴れてなぁ。しかも流星群だったのさ」

「そう!だから何回もお願い出来たんだ!」

「寒がりの癖にずっと外に居たもんだから、こいつ鼻水が洪水みたいになってたんだぜ」

「こら親父!!そういう事報告しなくていいの!!」

「へいへい」

「ありがとうございます、海雪さん。見苦しい姿になってまで…自分の為に…」

「一言余計一言余計」

「すみません間違えました。言い直します。ありがとうございます、海雪さん。鼻水大洪水の見苦しい姿になってまで…自分の為に…」

「余計な一言減らすどころかむしろ追加すなー!?!?」



行く当てがない自分に、親父さんは好きなだけうちに居たら良いと言ってくれました。賑やかなのは大歓迎との事。特に行く当てもないですし、お言葉に甘えました。ぶい。

「薪割りなら任せてください」

「おっ!マリンちゃん、そりゃ頼もしいねぇ」

「刀の海雪さんが頑張ってくれます。楽勝です。何せ世界一の名刀なので」

「お待ちなさってマリンさん??刀は斧じゃねえのよマリンさん??昔の俺様酷使しようとしないで??」

「仕方ありませんね。では手刀でやりますか」

「まじでやれそうなのがマリンなんだよなぁ…」



雪に囲まれた土地ですが、此処はとても温かい。
愛する相棒が、傍に居てくれるからでしょうか。

「海雪さん」

「ん?」

「これからもよろしくお願いします」

「おう!望む所だぜ!」

いえーい。ハイタッチです。

「海雪ー!マリンちゃん!晩飯の用意手伝ってくれぃ!」

おっと。台所に居る親父さんに呼ばれました。

「行こうぜ、マリン!」

「はい」

差し出された手を取って、自分は足を踏み出します。
並んで歩くのは初めてなのに。何だかずっと…こんな感じだった様な。


もう寒くない。もう痛くない。
この人と、生きていきたい。


「海雪さん」

「どしたのマリン」


…ずっと、大好きですよ。