冷蔵庫を開けて、ラップされたままの皿を取る。喉まで出かかった言葉を飲み込む。
母ちゃん。ちょっとでいいから、食べてよ。
そう言いたかった。
でも、布団にくるまって微動だにしない母ちゃんの背中を見ると、その言葉が負担になる気がして言えなかった。この頃の母ちゃんの口癖は『死にたい』だったから。
皿の中身を袋に入れて、縛って、ゴミ箱に捨てる。それから作ったばかりのおかずを、ほんの微かな希望を胸に冷蔵庫に仕舞う。
もう何度したか分からない。
「母ちゃん。バイト行って来ます」
返事が無いのはいつもの事だった。作った物を食べて貰えないのも、慣れていた。
「うんめぇですわーーーーーー!?!?おニンニクおヤサイおマシマシおアブラおカラメおチャーシューメンやっべえですわねこれぇーーーーーー!?!?」
向かいに座るチビ先輩の顔が、積み上がった具材で隠れている。
「このど迫力な見た目!!おカロリーの暴力!!堪りませんですわ!!」
ちまちました動作でもりもり笑顔で食ってる様子を眺めながら、オレも箸を進める。
「久々に来たけど、味変わっとらん。んまい」
「神々廻サンの思い出のお味!!心ゆくまで堪能させて頂きます!!」
「喉詰まらすなよ」
「お任せあれー!!!んぐっ!?!?んげっふごっふ!!!」
「言ったそばから…」
涙目で水飲んでるチビ先輩の背中を軽く叩いてやると、次第に落ち着いたらしい。
「てへへ…ありがとう、神々廻サン」
「ん」
…今オレらはご覧の通りラーメン屋に居る。昔バイト帰りに食べてたの思い出して…たまたま近くにあったから、ふらっと入った。
「しっかしこれ、思ったより量が…ワタクシのおキュートな胃をもってしても…結構…!!」
そりゃ全部マシマシだからな。
「食えるだけ食えば。余った分、オレ食べるし」
「ワタクシの食べかけを神々廻サンが食べる!?!?そ、そんな…そんな大胆な!?!?」
「残したら勿体無いやん」
「せやかて神々廻サン!!!!」
口調崩壊してておもしろ。
「が、頑張りますわ…鼻からおラーメン出してでも食べますわ…食べかけを神々廻サンに食べて頂けるの最高にドキンコドキンコですけれども…ワタクシにも美学というものが…」
「気にせんでいいのに」
「気にするわい!!!!!!」
結局チビ先輩は、意地で食い切った。
店を出て車に戻る。
チビ先輩は一目散に後部座席に座って、背もたれに身を預けた。
「いやぁ…食べましたわ…一生分食べましたわ…神々廻サン凄いですわね…あんな量を当たり前の顔で…」
「普通だと思ってたけど」
「いやいやそれはないないないない」
オレはチビ先輩の隣に腰掛ける。それから、服の上からでも出てるのが分かる腹を撫でた。
「…よく食べました。偉かったな」
「神々廻サン」
「どしたん」
「ワタクシのぽっこりお腹を神々廻サンがなでなでするこの光景…まるでワタクシが妊娠してるみたいではありませんか!?!?」
「産まれるの排泄物やろ」
「そんなのお産声汚過ぎておロマンの欠片もございませんわー!!!!」
…食べるという行為は、命を繋ぐ為のもの。少なくともオレはそう考えている。
母ちゃんは、段々食事をとる頻度が減っていった。最初の頃はオレが作った物なら食べてくれてた。ただ…お母さんはいいから、お母さんの分の食費でナギの好きな物を買いなさいって言ったのを最後に、手を付けなくなった。
食べて欲しくても、食べてくれなかった。
生きて欲しくても、生きてくれなかった。
「オレ、いっぱい食う奴嫌いじゃない」
「これからもいっぱい食べまーーーーす!!!」
「…うん」
もう料理なんて久しくしてないし、やる気力も無かったけど。
こいつになら、いつか食べて貰いたいかもな。
そんな事を…ふと思った。